![[104_anthotype.jpg|606]] ## アントタイプ アントタイプを知ったのは、YouTubeの動画がきっかけでした。……とはいっても、少し違います。化学者でもあるYouTuberのNileRed(ナイルレッド)が、[シアノタイプ(青写真)](https://www.youtube.com/watch?v=hYqn8CO2P3E)を作ろうとしていたのです。 その頃は、以前から、鉄没食子インク ― 植物のタンニンと鉄を反応させて作る、昔ながらの黒いインク― を自分で作ってみたいと思っていて、化学にも関心を持っていました。その動画はとても興味深く、この写真現像のプロセスについてもっと知りたいと思いました。調べていくうちに、アントタイプに出会ったのです。 何年か前、私は[Radiolab(ラジオラボ)](https://radiolab.org/podcast/91569-memory-and-forgetting)という、科学や人間にまつわる疑問を掘り下げるポッドキャスト番組で、記憶をテーマにしたエピソードを聴きました。 そのエピソードでは、後になって私が「記憶の再構成理論」と呼ばれるものだと知ることになる考え方が詳しく説明されていました。 私の理解では、記憶は頭の中にしまっておくようなものではありません。脳が必要なときに、引き出しから取り出すようなものでもないのです。記憶は、思い出すたびにつくり直され、そのたびに少しずつ形を変えていきます。 時間が経つにつれて、記憶の中で焦点となる部分が変わっていくのかもしれません。昔はつらかったことも、今ではその痛みがすっかり薄れているかもしれません。 逆に、当時はささいに思えた何かが、今では大きな意味を持つようになっているかもしれません。そうして、「もとの記憶」は失われていきます。 アントタイプも、これとよく似ています。光に弱く、退色しやすい染料(fugitive dyes)を使って像を浮かび上がらせるからです。 こうした染料は光に敏感で、いったん反応が始まると、止めることができません。時間が経つと、アントタイプは色あせ、最後には何も残らなくなります。 こうした染料の材料として最も適しているのは、植物です。手に入りやすく、自然で、持続可能でもあります。 ターメリックなら黄金色、ビーツなら深いマゼンタ色が得られます。使う植物によって、その土地ならではの色を得ることもできます。身のまわりの風景から色を汲み取ることもできるのです。 私は、マダーの根を使うことにしました。 合成染料が登場する前、マダーの根は赤い染料として、アジア、ヨーロッパ、北アフリカで広く使われていました。 正直なところ、アントタイプ用の色素としてマダーを選ぶのは、あまり一般的ではありません。マダーが評価される理由の一つは、比較的光に強いことです。 光に当たるとすぐに色あせるほかのアントタイプ用の色素とは違い、マダーの変化はもっとゆっくりです。発色にも時間がかかります。 日本では、マダーの根から取れる色を「茜(あかね)」と呼びます。 茜は、深みのある温かな赤です。夕焼けを象徴する色であり、ひいては移ろいそのものを象徴しています。 この名前を聞くと、ヨルシカの曲『Madder(茜)』も思い浮かびます。時が流れても、誰かを知り続けることについて静かに考える曲です。 娘が大人へと成長していく姿を見ていると、私はこの移ろいを感じます。妻のいない現実に少しずつ自分を合わせていくなかで、私はこの無常を感じます。 アントタイプを探ることは、私にとって、記憶を探ることでもあります。 時間が経てば、私の記憶の中で中心となるものも変わっていくかもしれません。昔はつらかったことも、今ではその痛みがすっかり薄れているかもしれません。 逆に、別の何かが、以前より大きな意味を持つようになっているかもしれません。 そう考えると、「もとの記憶」は、最初から失われていなかったのです。 記憶は、私が変わるのとともに変わります。季節から季節へと移り、そしてまた巡ってくるように。 *このプロジェクトやほかの作品の画像は、[[Portfolio Images Index|Portfolio Images Index(ポートフォリオ画像インデックス)]]でご覧いただけます。*